カオス・ホープ〜混沌の希望〜 《 音滝 洸廉様より 》

最終章 それぞれのエピローグへ 大切なもの

全てが終った。
滅多に体験できないタイムスリップも。
鬼門の開封も、封印も。
そんな『一時はどうなるか』表現が正しく、この言葉以外浮かばない忙しい日の夜に起きたそれぞれの大切なものの物語


襖を開けた小明は腕に毛布を抱えていた。
全部で6枚。
この一番広い部屋でぐったりしている者達に使って貰うため、持って来た毛布だ。だが。
「あれ?前鬼と葛の葉さんは?」
「ああ、二人なら先程出ていかれましたよ」
小明の疑問に答えたのは鬼神姿のままの蒼樹。鬼神としての名は封鬼だ。
菩薩のような白を基準にした服を着、優しげな雰囲気を漂わす不思議な鬼神。
そして、央鬼の三つ違いの異母兄。
昴は央鬼のまま、兄の膝枕で眠っている。起きる気配はない。
鬼龍召喚でかなり疲れたらしく、咒法堂に帰り着く前に眠ってしまったのだ。
「えっと、これ、毛布です」
「ああ、ありがとうございます」
封鬼は壁に凭れかかっていたが、さすがに受け取るので背を持ち直して丁寧に礼を述べた後、毛布を一枚受け取り、その毛布を弟に掛けてやった。
「央鬼君ずっと寝てますね」
小明が言うと、封鬼は央鬼の耳を引っ張り、笑いながら言った。
「さすがに鬼龍召喚は疲れるんだそうです。だから召喚した日はずっと寝てるんですよ」
静かでいいですけどね、と付け加える封鬼が可笑しくて、小明は笑ってしまう。
笑いを噛み殺しながら、小明は持って来た毛布を床に置いて床で大の字になって眠りこけている緋翔や縁側の柱に凭れかかって眠っているファレシナに掛けてやる。
「ちょっと前鬼を探してきます」
「行ってらっしゃい、気を付けて」
封鬼の見送りを受け、小明は襖を閉め、客間を後にした。
封鬼はため息を付くと、眠りこけている弟の頭を優しく撫でた。
彼を見ていると、いつも心が温かくなる。
数え切れぬ永き時を共に駆け抜けてきた腹違いの弟。
世界中どこを探そうが、封鬼は彼以外の大切な者は見つかりはしないだろう。
世界でお互いたった一人の大切な肉親。 もうどこにも彼らの肉親などいない。
遥か昔、消えてしまった。母も父も皆。
「せめて」
この我侭な願いを、神でも閻魔でもいい。聞き届けてくれるならば。
「どうか」
私より先に、死なないでください。
神よ。閻魔よ。どうか私のたった一人の弟を連れて行かないでください。



毎晩毎晩、同じ夢を見る。
護れなかった笑顔。血塗られた道を行かせてしまった弟的存在。
昔からお人好しで、優しさが度を過ぎて。
天界の掟にも躊躇わず逆らって死んでいった幼い命。
最期の最期まで自分を呼んでいた神。
邪神の腕ももぎ取った凄まじい力の持ち主。
『緋翔兄ちゃぁーん!!!』
高く手を振って、満面の笑顔で呼んで。
そう、その笑顔は決して絶える事は無かった。死ぬ瞬間まで笑っていた。
『僕ねぇ、自分の生きた道に後悔してないんだ』
だってこー見えてもサ、案外精一杯生きたんだもん。と笑って言う。
磔(はりつけ)にされて首を斬られる瞬間まで笑っていた。
死刑場に集まっていたじゃじゃ馬達は気味悪げに『死ぬって事も知らないのか』 と、『気味が悪いガキだ』と言っていた。だが、本当は違う。
脅えたら緋翔に悪いから。
だから泣かなかったのだ。
『…も……』
いつもいつも他人ばっか気遣いやがって。
たまにゃあ自分も気遣えってんだ。
そんな愚痴も、もう届かない。斬られた首は灰となり風に連れて行かれた。
死した身体も。
それを頭で認めたとき、緋翔は叫んだ。
鼓膜を突き破らんばかりの天界全てに響きそうな慟哭。
目からは止め処なく涙が溢れ流れ、やがて涙も渇いて。
気付いたら入ったら二度と出れないという牢獄に居た。
両腕には冷たい枷。身体中鎖で絡まれていた。
だが緋翔は行動を起こさない。虚ろな目でどこかを見ていた。
そうして数千百年の時が流れた。
看守が「金剛守護大神が役家に生まれた」と。それも人として。
そんな噂を聞いた。
その瞬間緋翔は目覚めた。
閉じていたありとあらゆる感覚。
壊れて渇いていた心。
沈んでいた意識。
それら全てが目覚めた。
覚醒した緋翔は牢獄を破壊し、天界鬼神の称号を打ち捨て、人間界に降りた。
ここまで来て今更だが不安になった。
彼は転生したのだ。前世の事など覚えているわけが無い。
なのに彼に近づいていいのか。もはや過去の存在である自分が。
そう思っていた。その時。
縁側に置かれた揺り籠の中にその子は居た。
陰形した自分が近寄った時、彼は陰形している自分を見破った。
そしてその紅葉のような手を差し伸べた。
大きくなってから顕現したら、幼いロキはそれはそれは喜んだ。
笑って緋翔に手を差し出した。「抱っこして」のおねだりだ。
緋翔の腕力は並じゃない。抱き上げられたロキは嬉しそうだった。
緋翔もとても嬉しかった。
どんなに表現しても、どんな言葉を尽くしても表現できないくらい嬉しかった。



森で出会った。初めて会ったのに彼は心配そうに自分を見下ろした。
『ひどいきず。痛かったでしょ?』
蒼い目の少年はそう聞くと、狐姿の自分を抱き寄せた。
少年と自分の身体の間から溢れる淡い緑色の光。
暖かい光は狐の傷を癒していった。
そして、傷が完治するまで母の反対を押し切って部屋に連れ込んでずっと自分を 看ててくれた。ファレシナという名も貰った。完治した後森に帰してくれた。
何はともあれ一つの恩を受けた。
売られた喧嘩は買うべし、受けた恩は返すべし。
自分たち物の怪の絶対的な掟だ。
ファレシナは姉と違い、人にうまく化けれず、人として彼に恩を返す事はできな い。彼は将来、名売れの陰陽師となり鬼神を使役し、世界を救うという宿命を帯 びているのが見えた。感じれた。
ならばそれ相応の力を身につけ、彼の元を訪れよう。
現在、八幡神の第七星の眷属は空位になっていると聞いた。
ならば自分が第七星の化生となろう。辰狐から神狐へ昇格しよう。
そうすればそれなりの力が手に入るだろう。彼に恩を返せる。
だから厳しい修行を潜り抜け、摩多羅になった。
全ては恩返しの為に。

「………ん?」
「こんばんは」
降ってきたのは女の声だ。ロキが目を開ければ、唐草模様の着物が見えた。
さらに首を上げて上を見ると、見た事のない美女が立っているではないか。
「…誰だ?」
ロキが軋む身体を起こし、目の前の美女を見た。
美女は、葛の葉は笑って手を振った。
「初めまして、役ロキ。私の名は葛の葉。ファレシナの姉なんだけど」
「……あー……」
ファレシナを思い出しながら葛の葉を見上げた。
「弟に怪我をさせたつもりはないが、何かあったか?」
「何も無いわ。私ね、貴方に用がなるの」
「ほお」
「いえ、あるのは貴方の人格の方ね」
葛の葉はロキに顔を近付けると怪しく微笑んで言った。
「廻正、出して貰える?」
「廻正だと?」
ロキはピクリと柳眉を動かした。
「変に思わないでね。私は廻正の妻なのよ」
「はあ!!!!??」
ロキはすっとんきょうな声を上げた。
「だから!!!さっさと廻正を出してよ!!!それとも何!?
千数百年以来の再会を妨げようっての!!!??」
地団駄を踏みながら駄々っ子のように怒っていった。
その目には涙が光っていた。
「ずっとずっと逢いたかったのよ!!!ずっとずっと!!!! 片時も忘れたことなどなかったわ!!!あの神の所為で子供にも逢えなかっ た!!!やっと逢えると思ったのに、早く出してよ!!!出てきなさいよ!!
ちょっと聞いてんの廻正あ!!!!!!」
肩を揺さぶりながら怒鳴り散らす。
ロキは取りあえず廻正には有害じゃないとわかり、 廻正に呼び掛けた。
「廻正あ………!!」
葛の葉ははっとして顔を上げた。ロキの顔はそこにはない。あるのは誰よりも愛 した男の顔。
「……っ廻正!!!!!!」
葛の葉は廻正に思いっきり抱き付いた。
妻の身体を、夫も抱き返した。
千数百年以来の夫婦の再会だった。



「前鬼」
屋根の上で座っている童子の彼を呼ぶ。
前鬼は膝を抱えて俯いている。
あの時、金剛斧を手に入れた後日のように。
「どうしたの?」
「……別に」
前鬼はそういうと顔を背けた。だが、すぐに顔を戻す。
小明の顔を見て聞いた。
「小明、オレ様は何をしていた?」
「え!?」
小明は目を見開いた。
「神に変なもん入れられて、意識が朦朧としていた。
その先がオレ様には思い出せねえ。気付いたらてめえが呼んでいた」
「………」
小明は答えられない。仮死状態になって神に操られていたなどとは、とても。
「……んだよ!!!!ファレシナっつう化け狐に聞いても唐草の女に聞いても答え てくれねえしよ!!!!!一体オレ様は何をして…」
「前鬼」
小明は立ち上がった前鬼は見上げていた。前鬼はギリギリと歯切りし、座り直した。
先代帝釈天の魂は未だに前鬼の身体に留まっている。
このままではいずれ、先代帝釈天は自分の身体を乗っ取るだろう。
今度、奴が表に現れた時、自分はどうなるのだろう。
その不安が心を満たした。
誰よりも護りたい彼女を危険に晒されるのはわかる。
だから。
(強くなりたい)
先代帝釈天…神に負けないくらいの強さが欲しい。
いつか先代帝釈天に打ち勝てるだけの力が。強さが。



いつか、きっと。


CAST
前鬼
小明(光鬼)
役ロキ
獅鬼
安部廻正
紅鬼
野菊
緋翔
金剛守護大神
久雛蒼樹(封鬼)
秋山昴(央鬼)
ファレシナ
葛の葉
鬼道琴
ヴァサラ
混沌御魂大神
産女
役鎮美


創作 護法童子 協力者 青海原流星

以上でお贈り致しました。

≪完≫