休日の晴々とした天気に恵まれ、食事の後片付け、洗濯、そうじと勢力的に働く小明だったが
家事とは手間のかかるものである。特に今日は前鬼の汚したシーツもあるのだ。
気がつくともう昼間近。
「ふーそろそろお昼にしようかなァ?」
朝の炊事の時に作っておいた味噌汁を火にかけ、新たにおかずを作る準備をする。 と、
「ごめんくださ〜い。 小明さん いらっしゃいますかー?」
玄関より耳慣れた声。
小明の祖母・小鬼の弟である”寿海和尚”の寺に勤める若僧・栗林である。
「あら、栗林じゃない。どうしたの?何か急用?!」
いつもならまだ修練時間。しかも結構な手荷物まで持っている。小明が不思議がるのも
道理である。
「実は和尚様と御懇意になさっている方にお借りしていた壷を返しに行く途中なのですが、
昼食のお稲荷を沢山作ったので小明さんにもお分けする様にと和尚様が…。」
そう言って、小さい方の風呂敷を小明に手渡した。
「わあ♥ やったぁ。丁度今からお昼にしようと思っていたの。ありがと栗林。」
満面の笑みで礼を言う小明。
「い、いえ! 小明さんに喜んで頂けたらそれで…」
何やらもじもじしている上に顔まで赤い。
栗林にとって小明は一番身近で、年近い異性である。幼い頃より気が強くてお転婆だったが、
正義感が強く明るくて優しい彼女を栗林は大好きなのだ。
その憎からず思っている相手に笑顔でお礼を言われたならば男として当然の反応であるが
「(何くねくねしてるのかしら。相変わらず変な奴よね こいつ…。)」
当の本人は男心を全く理解していない。
「ところで栗林はお昼はすんだの?」
小明の質問にようやく落ち着いた栗林はにこやかに返事を返す。
「はい、出かける前に頂いて参りましたので。」
しかし役呪法堂は式神町を見下ろす形で山の上に建てられている。登るのは結構骨が折れるのだ。
やはり喉くらいは渇いているだろう。
「折角来たんだし、お茶くらいしか無いけれど飲んで行って。」
「ありがとうございます小明さん!!」
目をキラキラ輝かせながら感動している栗林。小明はお茶の準備へと台所へ、
栗林は嬉しそうに居間へと足を向けた。
居間ではお茶と茶菓子をほおばる栗林とお稲荷と一緒に昼食を取る小明の姿。
「このお稲荷おいしいわ。和尚にもお礼言わなくちゃね。」
「そうでしょう。僕もいっぱい食べてしまって…。」
2人がそんな会話をしていた時、ドカドカと廊下を歩く足音が。
勢い良く障子が開いたかと思うと小さな体で偉そうな風情の子供が入って来た。
前鬼である。
「お邪魔しています。前鬼様。」
栗林の挨拶を無視し、小明に怒鳴る。
「小明腹減った!俺様にも何か喰わせろ!!」
グーグーと主張し続ける腹の虫の要求を伝える。
今朝の一件についてあまり反省してはいないらしい態度だが、空腹の動物をそのままに
しておくとロクな目に合わないもの。ここはひとまずエサを与えておくに越した事は無いだろう。
「しょうがないわね。そこに座ってなさい。御飯準備してあげるから。」
そう言って居間を出ていく。食事にありつけると分かり喜び勇んで席につく前鬼だったが、
目の前に小明の食事、そして栗林の茶菓子が置いてある。
我慢ならんとばかりに手を伸ばした所へ
「人の物に手を出したら御飯は無しだからね!!」
絶妙のタイミングで戻って来た小明がクギを刺した。
手を伸ばしたまま固まっていた前鬼は何とも言えない顔でゆっくり腕を戻す。
一部始終を見ていた栗林。
(さすがは小角様の御子孫。前鬼様の扱いはお手のものだ…)
1人感心していた。
「お待たせ、前鬼。」
食事を乗せたお盆と供に小明が戻ってきた。栗林はTVをつけニュース番組を見ている。
前鬼は栗林の茶菓子である饅頭を一個嬉しそうに食べていた。
「あ!あんた人の物に手を出すなって言っておいたのに!!」
「いいんですよ小明さん。僕があげたんですから。」
栗林が前鬼を弁護する。実はあの後、涎を垂らし続ける前鬼を目の当たりにしたのだ。
無言のまま、手をつけようとしては止め、我慢しては手が出そうになる。
その異様な雰囲気に飲まれてしまい前鬼に1個だけ茶菓子をあげ、自分は場をごまかすためにTVをつけた。
という具合である。
「しょうが無いわね。今回だけよ。」
しぶしぶ了承して、前鬼の前にお盆を置いた。待ってました!とばかりに食べ始める前鬼。
味わっているのかも疑わしい食べっぷりである。座についた小明も自分の食事を再開する。
と、ニュースの締めくくりであるお天気コーナーが始まった。指し棒を持ったキャスターが天気図を指し示し
ながら今日の空模様を伝えている。
「……という事で今日のお天気は午後から下り坂。夕方には雷を伴う雨となるでしょう。皆さんお出かけの際には傘をお持ち下さい。」
改めて切り替わった画面には式神町及びその周辺の地図。そして『雨』を意味する傘マークと『雷』を意味する稲妻マークが並んでいた。
「え〜っ、大変!雨降る前に洗濯物取り込んでおかないと…。」
「小明さん僕も傘をお借りして良いですか?天気が良かったので持って来なかったものですから」
「そうね。いいわよ。」
2人がそんな会話をしている時でさえ前鬼は食事に没頭していた。
「ぷは〜♪ようやく落ち着いたぜ。」
食事を終え満足そうに寝転がる。
「こら!食べた後ですぐに寝るなんて行儀悪いわよ、前鬼!」
しかし返事の代わりは
「ZZZZZZZ……」
何とも気持ち良さそうなイビキであった。
「ホントに自分勝手なんだから。 もう…ごはんつぶ付けたままで寝ちゃって。」
そう言いながらも前鬼に近付き頬に付いた御飯の粒を指で取って自分の口に入れてしまった。
「あ!!」
思わず大声を出してしまう栗林。小明はどうしたの?と視線を送る。
「え!?あ…いや、何でも無いです。そろそろおいとましないと。お使いに間に合いませんので。」
そう言って栗林は玄関へと向かった。
小明は玄関まで見送りに出る。
「今日はありがとう。お稲荷の容器は洗っておくから。傘は容器を取りに来たついででいいからね。」
「分かりました。お茶をありがとうございました。それではまた。」
「うん、気を付けて」
栗林は丁寧に頭を下げると外へ出た。小明は玄関が閉まると居間へと足を向けた。
長い長い階段を降りながら栗林は先程の小明の様子を思い出していた。
「小明さんと前鬼サマっていつもケンカばかりしているケド結構仲いいんだよなあ…。」
しかし、こんな事を言ったら本人達は力いっぱい否定するだろう。
「俺とこの馬鹿女が仲良いだと?冗談じゃねぇ!こっちから願い下げだゼ!」
「何ですって!?この役立たず!!あんたなんてこっちからお断りよ!!」
「何だと!!」
「何よ!!」
おでこを擦り合わさんばかりに睨み合う二人が容易に想像出来、思わず笑みが零れる。
「……でも、」
さっきの2人は、自分が知っている2人とは違う。今まで栗林が抱いていた彼等のイメージでは無い。
少なくともあの時の小明はー。
口では色々言いながらも眠ってしまった前鬼を見つめる眼差しはとても優しかった。
長い睫毛を僅かに伏せ、やわらかく微笑んだ穏やかな表情やそっと伸ばされた細く美しい指。
眠っている前鬼の頬に付いた白い粒をそっと取り口に入れてしまった彼女はとても
幸せそうに見えた。
そこだけが結界に守られた聖域の様な気分だった。
「何だったんだろ?あの疎外感……!?」
つるりと光る頭の上に?マークをいくつも浮かべてみるが答えが出るハズも無い。
それでもしばらくは頑張ってみるがやがてすっぱり無駄と割り切り、天を振り仰いだ。
無限の青の一角より不安を乗せた様な雲が徐々に広がり始めていたが、
「さて、急がなくては!!」
そんな不安などどこ吹く風。まるで自分とは無縁の物とばかりに張り切った声を出して
段を降り出した。
彼がもう少しカンの働く男だったなら『疎外感』の原因に気付いただろうが
長年の鍛錬もこの点に関しては効果は無かったのである。
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