「ええ!?時を越えたあ!!??」
野菊は驚いて飛び上がった。そりゃそうだ。
これは俗に言う「タイム・スリップ」。
そんな世界のほんの一握りしか体験できない…いや決して体験できるもんではない。それを体験した人物が今ここにいるのだ。
驚くのも無理はない。
「そうなの。信じてくれる?」
小明が不安そうに聞く。初対面の相手にしかもこんな奇想天外な事を言って信じてくれと言う方が無理なご注文と言えよう。
しかし野菊は四つん這いになって小明と前鬼に近づき、二人の眼をしっかり見る。日本人特有の黒い瞳は前鬼のオレンジの瞳と小明の黒い瞳を映し出す。
おもむろに野菊が離れると野菊は微笑んだ。
「いいよ。お前達の言ってる事、嘘には見えないし、瞳が真実を語ってる。信じてあげるよ。」
野菊は立ち上がると紅鬼を見上げた。
「この子達しばらく預かるけどいいね?」
「勝手にしろよお人よしの馬鹿女」
紅鬼がそっぽ向いて言うと野菊はむかっときて、懐に手を突っ込んだ。
それを見て、紅鬼は顔を嫌そうに歪めた。
「の…野菊…お、お前……まさか…」
少し後退る紅鬼に野菊は只にっこりと微笑むのみだ。
しかしその手は自らの懐に突っ込んでいる。
紅鬼はさらにさらに顔を青ざめさせる。
野菊がにっこり微笑んだまま懐から何かを取り出した。
それはよく呪いに使う呪詛の媒体――わら人形だ。
わら人形はその中に呪詛する相手の髪の毛を入れ、五寸釘のような釘 ― 尖った鋭い針や釘でその人形を刺す(踏むとか殴るとか突くとか)をするとそのわら人形の味わっている(?)痛みを呪詛されている相手に送るのだ。
「えい☆」
野菊はにっこり微笑んだまま手にした五寸釘をわら人形に刺した。
プスッではなく、グサッ!!と………
「うぎゃああああああああ!!!!!!!」
紅鬼は刺された箇所を抑え、うずくまった。
しかも刺されたのは絶対の急所である心臓(鬼神にとって急所ではないはずだが)しかも今度は野菊がわら人形の首を締め出したではないか!!!
「紅鬼〜〜〜〜何か言う事はないの〜〜〜??」
「うぐぐぐぐ……わ…わかった…わ、悪かった…!!」
野菊はにっこり笑ったまま「はいよろしい」と言い、あっけないくらいわら人形の首の部分をパッと放した。
紅鬼は両手を地面に付けぜえぜえと息をした。
「そうそう二人とも」
「「はい!!」」
あんな光景を見せられては素直に応えるしかない!
前鬼と小明は伸び上がって返事をした。
「預かってあげる替わりに…」
「か、替わりに…?」
野菊は只、にっこりと微笑んだ ―
現代 2095年 式神町第2公立月臣大学 屋上
「秋山君!」
「!沢木さん……」
黒い髪をストレートヘアにし背中まで垂らした同級生沢木音美(おとみ)を見て昴は少し驚いた顔をした。
「久雛君に聞いたらここって聞いて…ハイ」
音美はクリーム色の表紙をした大きめの本を差し出した。
真ん中の絵の中に碧色の髪を瞳のし、耳が尖った少女が描かれていた。
いうまでもなく、この少女は鬼神である。
「この話すっごく面白かった。とくに主人公の碧鬼(あおき)がかわいいわv」
音美がにっこり笑って言う。本当に面白かったらしい。
この本は「碧い鬼神の還る場所」という式神町に本部を置く七河ビーズ会社出版の小説だ。作者は朱雀赤那(すざくせきな)である。
彼は病弱で続編を出すのも遅いためほとんど200Pを超える長編を一冊でまとめる事が多い。彼の最後の連載ものは「天地大戦」という天の神と地の神が力を合わせ大妖怪「無神鬼」を倒す物語である。 それは去年完結し、次回作はこの「碧い鬼神の還る場所」である。 去年の五月完結し、そして次回作が10月。
よほど患っている病気が重かったのだろうか。
余談だが彼のデビュー作は「女陰陽師の恋」という作品である。
題名どおり賀茂家の生まれた少女が藤原家の生まれである少年に恋焦がれる物語だ。成人後二人は正式に会う事ができたが身分という壁が邪魔をし想いが伝わない物語だ。結局はハッピーエンドだが。
とにかくこの作品が七河ビーズの審査員達に大受けし最優秀賞に輝いたという。つまり彼はいまや七河ビーズにはなくてはならない小説家で、中学1でありながら小説家の道を行く人気売れっ子である。
………・……なーんて言ってる間に話進めんと(汗)
「じゃあ昴君。またね」
音美は片手を振って屋上の出入り口を降りていった。
「ええまた……はあ」
昴は屋上の緑のペンキが塗られた手摺に額を預けた。
どうして前鬼達を助ける手立てが見つかったのにここに居るか。
それは少し時を遡る……
『おっと』
ロキの手から再び文献を取った緋翔はにっこり笑って言った。
『お前等、今日大学さぼったんだよな?』
『…だから?』
ロキがすこし顔を厳しくさせた。
緋翔はいつも陰形の術を使い姿を隠しているが実はロキのすぐ傍らに控えているのだ。だからロキが普段から余りある力によって化け物を引き寄せないのは実は緋翔が護ってくれているからである。
幼い頃からずっと。だからロキは何者にも、どんな邪悪にも心を染める事はなかった。その力がロキを人の道から外さなかったのは緋翔が居てくれたからだ。
その緋翔に対しロキがこんな態度を示すのは滅多にない。
『瑠璃が言ってたぞ?大学の教師がめっちゃくちゃ怒ってたってよ』
『始業式さぼったから?』
昴が緋翔に尋ねると緋翔は「ああ」と頷く。蒼樹は「うわ〜」と声を出した。
普段からロキを目の敵にしているその教師はことあるごとにロキに突っ掛かる。それはそのはず。
現代2095年 科学力が発達し、呪術が科学的に効果ありと認められ、呪殺などが裏世界では流行っている。 そしてその教師の父親は呪殺導師に殺されてしまったのだ。 呪術に関し、まだ力がない警察はいまだその事件を解決しようとしない。いや、証拠といえる証拠がないから取り締まる気もないのだ。
呪術に関する事件は摩訶不思議。 自らが手を下さずとも相手が勝手に死ぬように暗示まで掛けれる程だ。証拠を探せという方が超がつくほど無理難関。
土台無理な御相談である。 おまけにロキの身体の中には邪術師の血さえ流れている。 その教師はどこでその事を知ったのか。ロキに邪術ができる事を知り異常なまでに嫌悪し、嫌っていた。 ロキは嫌われるのは構わないが八つ当たりはやめてほしいものだ。しかも自分の周りにいる昴や蒼樹、瑠璃さえ嫌うものだから大学をやめてやろうかと思ったが嫌いな奴から逃げるのは癪なのでこうして大学生をやってるわけだが、実際ロキはいつ退学になろうが知った事ではないし、構いもしない。
『別に俺は退学になろうと知った事ではない。』
『どっこい、俺が困るんだよ。とにかく明日行って出席日数とってこい。
行かねえならこの本は焼却処分だ』
緋翔は本気の声で手をヒラヒラさせて明日の登校を決めた。
ロキは緋翔を睨み付ける。緋翔は陰形の術を使い、本もろとも消え去った。
しかしすぐ傍にいる。ロキはそう知っていた。
そんなこんなで結局ここにいるわけだ。
「はあ……」
苦しさに、大きなため息を吐き出す。昔愛する人を殺してしまったこの苦しみ。
いつまでもこの苦しみを背負おう。
たとえ、だれが許しても
だれに、止められても
この命、尽きるまで
長きわが命に、終止符が打たれる、
その瞬間まで、ずっと……
「許可できませんね」
大きな屋敷の庭に面した寝室で黒髪を結わえた気の強い幼い少女が憮然と言い放つ。敷かれた白い布団の上に正座をした少女―鬼道琴は正面から60代目役小角の後継者役ロキを見た。傍らにはロキ同様胡座をかいた緋翔が陰形の術を掛けたまま控えている。肩には古代剣を抜き身で立て掛けている。
鬼道家は代々ヴァサラを使役してきたと同時に鬼門の管理もしてきた。
鬼門を開けるため許可を貰いに来たが結局許可は降りなかった。
「いかな理由があろうと、鬼門を開ける事は許しません」
「あの子達を連れ戻したい。世界の為でなく、家族を助けたいんだ」
「だめなものはだめです。どうしてもと言うならば、こちらもそれ相応の抵抗を致します。」
「鬼門がやばいのは知っている。しかしこれ以外打つ手はない。
そちらの許可がなくとも、俺は勝手にする。
式神を放つつもりならそうしろ。俺は構わない」
ロキはこれ以上相談の余地はないと判断し、立ち上がった。
緋翔も主人同様しかし剣は消さず手に持って立ち上がる。彼は必要な時のみ剣を取る。普段は異界に封印し、必要あらば我が元に召喚するのだ。
「では、お言葉に甘えて……ヴァサラ!!!」
琴の鋭利の声に答え、庭にヴァサラが飛来する。ロキは肩越しに振り返りヴァサラを見て舌打ちした。
(元鬼神軍団が長ヴァサラ……緋翔で勝てるか…!?)
ロキはヴァサラと正面から向き合い、右の人差し指と中指を立てた。
いわゆる“剣印”という奴だ。
(いや、何も戦う事はない。足止めすればいいんだ。だがどれ位だ?
長い間、この術は使えない。……まあいい。賭け事は苦手だが、この際そんな事は言ってられん………)
ロキは宙に金剛界曼荼羅 四印界を描いた。
ロキのほど走る呪力が神力に変換される。ロキのみが使える変換の術は自らの呪力を法力にも変換できる。 長年何度も転生したロキの魂が会得した秘呪中の秘呪。
ヴァサラもそれに気付いたか、主人 ― 琴の前に立ちふさがる。しかしロキがなんの呪を唱えているかはわからなかったようだ。
「東方降三世夜叉明王 西方大威徳夜叉明王 南方軍多利夜叉明王 北方金剛夜叉明王……汝らの力を今我が元に!!!
封印陣発動!!!明王結界陣『星光結晶結界』オン!!!!!」
ロキのほど走る神力がヴァサラと琴を包む。
「これは……!!」
ヴァサラさえ見たことのない術に驚愕する。
明王の力を借りた高等結界 ― その力は何者も貫けない。
そう、たとえ鬼神軍団が長、ヴァサラの力でも…
「しばらくその中で大人しくしていてもらうぞ。琴、ヴァサラ。」
ロキはこれほどの呪力を変換し使っているのにまったく疲れていない。
それはロキの中にいるかつて封印した薬師如来の力のおかげだ。
どれだけロキが呪力を放とうと薬師如来が彼の中にいるかぎり彼はそう簡単には参らないし、病気になる事はない。いやなったとしても一回寝たら治るだろうが。まあそんな事はどうでもいい。
「………役様」
琴が静かにロキを呼び止める。ロキは身体を半分だけ向けた。
「もしあなたが鬼門を暴走させたら、あなたを式神町追放にします。
その余裕 ―― 後悔させてみせます。」
琴は残酷に笑い忠告する。ロキは態度を崩さず余裕じみた笑いを浮かべる。
「後悔」
ロキは一旦言葉を切る。
自分一人ではこんなにも自信に溢れなかったろう。
みんなが居てくれるなら、この余裕も自信を崩れない。
あの子達のためなら、この魂を、生命を、全てを、賭けて
―――――戦ってみせる。助けてみせる。
どんな敵にも、決して、負けない、屈しない――――絶対に!!!
「させてごらん かわいい呪術師のお嬢ちゃん」
「――――――!!!!」
琴はその言葉に顔を怒りで紅潮させた。ロキは優しく笑いながら歩き去っていった―――――
≪続≫
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