金色の液体は紅鬼ではなく、前鬼の額の宝珠に突っ込んでいった。
液体が宝珠に入り込むと、前鬼の身体が大きく跳ねた。
「……うわああああああああ!!!!!!!!」
前鬼の身体をいまだかつてない激痛が駆け抜けた。
まるでロキや小明が前鬼の呪を解いたような激痛。
身体の奥底から絶大的な力が溢れ出る。
(なんだ……!?この……力は………!!!??)
こんな力を前鬼は知らない。自分のモノじゃない。
こんな、自分のすべてを壊すような、破壊するような力なんて知らない。
止まらない、止められない。
怖い、恐い―――――――!!!!
「前鬼!!!しっかりしろ!!!!」
前鬼を抱えていた紅鬼が前鬼に声を掛ける。前鬼は耳と眼を閉じ、頭を俯かせていた。だが紅鬼は落下していく中で前鬼を怒鳴りつけた。
「前鬼!!!前っ!!!前!!!!!!」
前鬼は薄れていく意識の中で懐かしい声を聞いた。自分の事を「前(ぜん)」と呼ぶ人物を、前鬼は知らない。呼ばれた事など、ない。…いや、あった。
(いつだったか……)
自分が己の脚では立てない赤ん坊だった頃、呼ばれていたような気がした。
紅鬼が前鬼を抱えたまま着地すると、小明が駆け寄ってきた。
「前鬼!?どうしちゃったの!!?」
前鬼は紅鬼に下ろされ、地面に横たわる。
小明が両膝をついて蹲っているため丸くなった前鬼の背中を揺さぶった。
前鬼が顔を上げた。その顔にさえ、あの強気な鬼神の顔はない。
まるで幽霊に脅える幼い子供のような顔だった。
「……っち、あき……か……?」
覇気のない引き攣った声。その声は小明も聞いた事のない程までに弱々しかった。小明は前鬼のそんな声を聞いて不安になった。
「前鬼、しっかりして、怖くないから、ね?大丈夫よ」
紅鬼は立ち上がると、金髪の青年と向き合った。
「誰だ?」
やや怒りを込めた誰何の声に青年はまったく動じず、笑って名乗った。
「混沌御魂大神(こんとんみたまおおみかみ)……天照大神(あまてらすおおみかみ)の片腕と覚えていて貰おうか」
「混沌御魂大神だと?」
紅鬼は明王斧を構えつつ青年を睨み付けた。
「聞いた事があるな。確か天界の奥の地下の中で金色の混沌を管理し、亡き神々の魂を守り、転生の力を操ると」
だが、と、紅鬼が嘲笑いながら挑発的に言った。
「確か人間に転生するはずだった女の魂を金剛守護大神とやらにとられ、転生を曲げられ、天照大神にきつい仕置きを受けたとか……
それを挽回するため、旧友の金剛守護大神をぶっ殺したとか……
神とやらも非情なもんだなあ」
混沌御魂大神は紅鬼に向かって杖の先を向けた。
すると金色の液体―――混沌が紅鬼に向かって伸びてきた。
紅鬼は混沌を掴むと、いともたやすく握り潰した。
「貴様に何がわかる……!!」
「わからねえな。てめえの苦しみはてめえにしかわからねえもんだ。
だが、前鬼を助けるにはてめえを倒すしかねえようだし……」
紅鬼はチラリと前鬼と小明を見た。しかしすぐ混沌御魂大神に目を向ける。
「とっとと勝負を終らせようじゃねえか。俺様の本気、見せてやるよ」
「ほう……堕ち潰れた精霊神が何をほざく」
精霊神、そう聞いて小明は驚いた。
(精霊神ですって!?)
精霊神と言えばかつて前鬼がそう呼ばれていた。精霊神は前鬼のみのはず。
なのに何故紅鬼がそう呼ばれているのか。
紅鬼は明王斧は天に掲げると大きな声で言霊を唱えた。
「我が身を持つて汝の魂魄を奉る!諸仏の理の名の許に我が生命を捧げる!我と契約せし神よ、我が言霊に応え、我に力を貸し与え給え!
正統なる契約の許に、汝の名を紡ぐ事を赦し給え!降臨、金剛夜叉明王!」
紅鬼の上に立ち込めていた暗雲が雷を落とした。
その雷が紅鬼に落ち、彼の全身を覆う。晴れた時、紅鬼の衣装はさっきとはまったく違っていた。
前鬼と同じ頬をすべる白い牙の紋様。白い衣の下から黒い服を纏い、
首には輝く宝珠を嵌め込み作られた美しい装飾品。
「金剛夜叉明王をその身に降ろしたか……おもしろい」
だが、と口調を緩め、笑った。
「何がおかしい?」
紅鬼が斧を構えながら混沌御魂大神に問う。彼はくくくっ、と喉を鳴らすと杖の先を前鬼に向けた。
見れば前鬼の様子が見るからに変化している。束ねられていた髪が紅一色のサラリとした髪になっている。
「前鬼!!!」
紅鬼と混沌御魂大神の勝負を見ていた小明が慌てて前鬼の方を向き泣きながら前鬼を呼ぶ。前鬼は顔を上げると。
「に……逃げろ小明………!!!」
苦しそうな声で声を絞り出す。否、本当に苦しいのだ。
気を抜いたらすべてを持っていかれそうで恐い。
気を抜いたらすべてを忘れてしまいそうで怖い。
気を抜いたらすべてが壊れてしまいそうで、やり切れなくてこわい。
今まで感じた事のない圧迫感。その圧迫感が生み出す苦しみ。
どれをとっても嫌だが、何をとってもこわいが、だが何よりもこわいのは…
(小明を・…………失う事だ……!!!)
自分の長き生涯を掛けて護ると決めた、その少女を失うなど耐えられない。
もう一度「逃げろ」と言おうとしたが、もう言葉も紡げなかった。
喉を締められているようで息も苦しい。
身体の奥底から力が溢れてくる。滝の如く流れて止まらない。止められない力が自分の身体の中を満たした。
(抑えきれねえ…………!!!!!)
その時、自分の中で何かが弾けた。
「…っ前鬼ーーーーー!!!!!」
遠くなる意識の中で、小明の声が聞こえた――――――
≪続≫
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