鬼門は鎖でがんじがらめにされていた。
その鎖は鬼門の左右に伸びており、鎖の隙間に金色の錫杖を札を挟んで地面に貫通している。見るからに厳重な封印だった。
「さすが…役小角が封印した門だな……」
蒼樹が汗一筋垂らし、息を呑んで鬼門を見上げた。
少しでも呪力を―霊感を持つ者なら、ここの恐ろしさが分かるだろう。
ここを観光地の一つとして扱っている理由が、ロキ達にはまったくわからなかった。
鬼門―――――役家の開祖、役小角が最後に封印を施した曰くつきの門。
この門には、過去と現代に生きた人々のマイナスの感情が閉じ込められている。
それも毎日、蓄積されている。
現代2095年。
科学力の発達が生み出した災いが呪詛だけではない。
かつて問題とされていた高齢社会。ゴミ問題。これらすべて科学力で解決した。
高齢社会には死んだ子たちの細胞を使い政府が黄泉返らせ、無理矢理解決した。
ゴミ問題には宇宙にあるブラックホールにゴミを放り出すと言う最新科学を用いて解決した。そんな中で生まれたマイナスの感情がこの鬼門には凝縮されている。余りある力を制御した者のみ鬼門を開けられるのだ。
ロキは役文献に、『鬼門は時越えの玉を使えば流された時代へ道を繋ぐ事ができる』と書いてあったのだ。小角が千数百年前から予知して、この文を残したか定かではないが。
ロキは膝まである金剛衣の袖から一つの独鈷を取り出した。
その独鈷で地面に円を描く。
その中に入り、数珠を手に巻き付けると真言を唱えた。
「ナウマクサンマンダバザラダン センダマカロシャダソハタヤウン タラタカンマン!!!!!」
不動明王の慈救呪。ロキの十八番の一つだ。
慈救呪とは、不動明王は大慈悲を持って一切衆生を哀憫し、救護するから、この名が付けられたとか。
ビシっ!!!!と鬼門に巻き付いていた鎖に亀裂が走った。
それはやがて鎖全体に及び、鎖は真っ二つに断ち切れた。
錫杖も鎖が切れたと同時に砕けて消えた。と、ビュオ!!!と突風が吹き荒れた。鎖が飛んできてロキ達を襲う。
「わあああああああ!!!!!!」
昴は顔の前に両手を翳し、悲鳴を上げる。すかさず蒼樹が突風を背中にし、昴の背中に両手を回し抱き締めると弟を突風から護った。
昴は兄にしがみ付き目をかたく瞑った。
ロキは緋翔が張り巡らせた結界に護られていた。
突風が止み、ロキは鬼門を見上げた。
見上げたまま描いた円の中に入りまた真言を唱えた。
相手は鬼門。ちょっとやそっとでは無理だろうと承知していたらしく、珍しく全力を出した。
「あまねく諸仏に帰依して奉る。
我を加護する者、我を憎むもの、我の生き筋を見届けようとする者よ。
我が人生見たくば今我に汝らの神力を。我が護るべき者達のためにこの呪を紡ぐならば、汝らは我が命に従いて舞い降りよ。
全ての理の許に今降臨せよ!!!十二天!!!!!!!!」
ロキの背後に、火天、水天、地天、風天、日天、月天、梵天、焔摩天、羅刹天、帝釈天、毘沙門天、大自在天が舞い降りた。
ロキの前世は心真。心の真実を射止む者。彼は歴史にこそ刻まれなかったものの、彼は日本最大の法術師だった。
数多くの神と契約を交わし、その魂尽きるまで彼と神の契約は続く。
天照大神以外の神は呼び出せる力を前世から持っていた。
十二天の力を降ろしたロキは鬼門にその力をぶつけようとした。が。
「!!?」
突如、ロキの脳裏に過去が過ぎった。鬼門はその者の過去を読み取り本人に見せ、精神を壊す。ロキはその術にひっかかってしまったのだ。
ロキの目の前に過ぎるのは母、鎮美の姿。朱に切り袴に白の小袖。まさしく巫女装束。黒髪を束ねた彼女は花畑をバックにこちらに振り返る。
そして駆け寄ってくる。
(……っ!!!)
意識の中のロキは母がこちらに来る事を拒否した。
来てほしいという思いと、来るなという思いが胸の中で複雑に絡み合う。
ロキはかつて愛した女が二人いた。
一人は自分の謎に包まれた出生を持ちながらもまったく怖れず近寄ってきた許婚の少女瑠璃。そしてもう一人は中学の頃交通事故で亡くなった母、鎮美。
彼女は上っ面だけ、ロキに愛情を注いだ。しかし……いや、すべての悲劇はまず父と母の出会いだろう。
母は日本人。役家の人間で、役家の血を後世に残す事だけを考えていた。
父はフランス人。犬神四天王の一人、ヒキの子孫だった。当然邪術師の家系だ。
それを知った母の鎮美は即別れた。が、すでに母の胎には自分が宿っていた。
母はある病気に冒され、もう身体はズタボロだった。
母は決心し子供を産んだ。それがロキだ。
ロキは信じられない産まれ方をした。
まるで母の胎から透き通るように出てきたのだ。
これを見た者たちは異口同音に言い切った。「化け物」と。
その言葉を言った者は、その日の内に変死した。
ある者は首を捻じ切られ、ある者はいきなり泡を吹いて倒れたり、突然身体が破裂したり、心臓が破裂したり、突然四肢がバラバラになったり。
そして成長したロキは病気を治す、怪我を治す。
人の記憶を読む、人を操る、人の前世を当てる。
これから産まれて来る赤ん坊の性別を当てる。他人の将来を当てる。
先読みの力も持ち、何より人を、虫を、動物を指先一本動かさず殺める。
そんな力を持っていた。(もっとも、殺める力は一切使ったことはない)
そのロキが「大きくなったら陰陽師になる」と言い出したのだ。
母は激怒し、ロキを階段から突き落とした。
しかしロキを緋翔に護られ無事だった。あの時は家に入れてくれそうになかったので麒麟寺の美野里の所で泊まったが。
母はロキの絶大的な呪力だけで驚いていたのに陰陽師になるなど…!!と、憤り、その場の勢いに身を任せ、ロキに呪詛を掛けたのだ。
ロキは呪詛を打ち返し、そして呪詛は母に返ってきた。そして大型トラックとの正面衝突。母は苦しみながら死に行き、ロキはその様子を眉一つ動かさず見ていた。そして母の息が亡くなった時、ロキは大きな喪失感を覚えた。
何より誰より憎んでいた母が亡くなり、清々すると思ったのに大きな喪失感が心を満たした。そうしてロキはやっと理解した。自分は母を愛していたと……。
だが、ロキが母を憎む気持ちは、愛していた気持ちが分かっても変わらない。
こんな、自分の意思一つでは指先一本動かせない、死して尚父母の手の上で踊らされているような自分の意思一つ通わせない生ける屍のような躯を与えた母など、誰が憎まずにいられるか。
世界中の誰よりも愛し、そして誰より憎んだ。その母が今、自分の目の前に居た。
(母上………!!!)
嫌だ 嫌だ ヤダ!!!
「うわああああああああああああ!!!!!!」
頭を抱え大声で叫ぶ。そしてロキは糸が切れたようにその場に膝を付いた。
「ロキ!!?」
その場にいた仲間達がロキの名前を呼ぶ。ロキはゆっくりと立ち上がった。
その蒼い瞳は紅く光っている。
「ロキ……じゃ、ない……?」
昴はロキを見上げた。蒼樹は昴を背後に庇いながら顎を引いた。
「あいつは………」
「……獅鬼(しき)…………」
緋翔が蒼樹の言葉を継いだ。
「久しいなお前等。元気してたか?」
「ロキはどうした?」
問い掛けに答えず緋翔がロキ…否、獅鬼に訊ねた。
獅鬼…紅い瞳をした者はロキの胸の上に手を置いた。
「眠ってるぜ。この胸の奥底でな。心配しなくっても、あいつは大丈夫だ」
獅鬼はロキとは似ても似つかない乱暴な口調で、答えを言う。
獅鬼とはロキのもう一つの顔、人格だ。
獅鬼はロキが予想外の精神的ショック、外傷を受けた時、ロキを護るため出てくる人格で、邪術も操る。
獅鬼は鬼門を正面から見据えると口許で笑った。
「こりゃあ大仕事だな」
「わあったらロキに代われ。邪魔だ」
「無理だ」
緋翔の命令に、獅鬼は間髪入れず言い切った。
「ロキのヤツァかんなりひでえ記憶見せられて疲れてるぜ?
ここであいつを出したらあいつは間違いなく鬼門の餌食だ」
緋翔は歯噛みをした。緋翔はこの獅鬼があまり好きではないのだ。
獅鬼は笑うと鬼門を見据えつつ言った。
「……俺はこいつを護るためだけにつくられた。こういう時くれえ使命果たさせてくれよ」
淋しく笑って言った。緋翔は彼の言葉にぐっと来て数歩下がる。
獅鬼には過去も未来もない。ただ存在するだけだ。
ロキを護る。ただ、それだけのために、生きる。
だから、こんな時に代わってやって耐え切れない辛い役割を代わりに果たすのだ。緋翔は知らないが、獅鬼が自分勝手に振る舞うのは、単に淋しいからだ。
淋しくて、でも性格ゆえか口に出せなくて、誰か気付いてくれるまでこの振る舞いは続くだろう。本心を気付かせない強さは、さすがロキの守護者の成せる技だろうか。と、その時光が鬼門の中に入った。少し間を置いてまた光が入っていく。その光は最初は赤、最後は青だ。しかし獅鬼は対して驚かない。
「…………さぁってっとぉ・…………」
獅鬼は自分の髪を束ねている布で作った筒を掴んで一息に抜いた。
真剣な紅き瞳には楽しげに、そして儚げの光が揺れる。
自分が死ぬのが早いか前鬼達が帰ってくるのが早いか。
まさに一世一代の賭け事。大バクチだ。
この命、そっくりそのままチップにして、前鬼達が還って来る方に賭ける。
負ければ命はない。今はあの光を信じるしかないだろう。
この一世一代の大バクチ、果たして勝つのはどちらか………
「ショーの始まりだぜ…………!!!」
しかし獅鬼は笑う。揺ぎ無いその自信に、紅き瞳を輝かせて――――――
≪続≫
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