カオス・ホープ〜混沌の希望〜 《 音滝 洸廉様より 》

第9章  鬼神の戦い 現代への帰還

「ええ!?現代に!?」
「そうだ。ロキ達が心配していたぞ?」
ファレシナは自分達が何故ここに来たのかを話した。
ファレシナ達は現代から鬼門を通してここに来たのだ。
ちなみに前鬼はというと、鬼神に戻ったまま岩に凭れ掛かっていた。
葛の葉の話によると、神に完全憑依され、体力も鬼神力もほぼ底に尽いているらしい、 とのこと。
人間の巫女も、神や、霊を憑依させた後、ぐったり疲れるのと同じらしい。
「向こうにこじ開けた時空の歪みがある。そこを通れば現代に還れる」
「だったらその前にこっちの用事を済まさせて貰うぜ」
小明達が気付いて前鬼の方を向くと、前鬼が立ち上がっていた。
紅鬼は前鬼の視線が自らを射抜いているのを察知し、斧を肩に担いだ。
「そういや、いつかてめえ言ってたな。『最強の鬼神は自分だ』と」
「覚えてるじゃねえか。わかったら……」
「『勝負しろ』ってか?」
紅鬼は実に楽しげに笑った。
「いいぜ。掛かって来いや!!!」
先手は紅鬼だ。彼の振り翳した斧が前鬼にぶつかる瞬間、前鬼は金剛雷靭斧で紅鬼の攻撃をカバーした。しかし紅鬼は冷静に、事を理解した。
斧の持ち手を持っていた自らの右手を前鬼の横っ面に叩き込んだ。
「ちっ!!!」
前鬼は舌打ちし、口の中の血を吐き出すと雷撃を放った。
紅鬼も負けじと紅き雷撃を放つ。太陽が沈み、暗かった空間が明るく彩られる。 そして次の瞬間!!
ザガァ!!!!!
脳に響く音が辺りに響く。その場にいた全ての者は耳を目を閉じていた。
小明が恐る恐ると目を開ける。彼女の目に映ったのは倒れ行く前鬼だ。
「前鬼!!!」
倒れたと同時に童子に戻った前鬼を抱き起こす。前鬼の胸には深い切り傷があった。しかし急所ではないのか、はたまた慣れているのか気絶している前鬼には呼吸の乱れ一つも無い。
「………俺様もついに耄碌したかな」
「え?」
小明が背を向けたままの紅鬼を顧みた。
一陣の風が吹く。そして。
ズド!!ザン!!ビシュ!!!
小明と野菊の視界が紅に彩られた。紅鬼は至るところに切り傷が。右腕が断ち切られている。
「紅鬼!!!」
「父さん!!」
野菊が赤子を抱えたまま、命鬼と供に紅鬼の許に駆け寄った。
「心配すんな。こんなの大したこたあねえ」
紅鬼は妻と息子を見てそういうと小明に抱き起こされている前鬼を見た。
腕をくっつけ、前鬼と小明に歩み寄る。そして腕が伸ばされる。
前鬼を殺すつもりかと思った小明は前鬼をきつく抱き締めた。が。
紅鬼は腰を曲げると気を失っている前鬼の頭を優しく撫でた。
「……え?」
予想外の出来事に小明は目を丸くした。
紅鬼は前鬼の髪をくしゃくしゃにすると腰を上げた。
「さっさと行けよ。あの狐坊主どもはとっくに向こうに行ったぜ?」
「え!?ファ、ファレシナさん待ってよ!!!」
前鬼を抱き抱えたまま立ち上がり、紅鬼の指さした方向へ駆けて行く。
「あ!!」
小明は立ち上がり、野菊達の方を見た。
「野菊さん、紅鬼さん!!!ありがとうございました!!!」
大きな声で礼を言うと同時に頭を下げる。野菊は笑って言った。
「私らは何もしてないよ。礼言われる筋なんてない……」
「でも、野菊さん達がいなかったらあたし達どうしようか迷ってたと思うの!! だから、ありがとう!!!!!」
その言葉を最後に、返事も聞かず小明は駆け出した。
振り返るのがあと少しでも遅ければ、涙を見られてただろう。
野菊も紅鬼も過去の人間だ。
紅鬼はともかく野菊には確実に会えないだろう。
「光鬼!!俺様の息子よろしくなーー!!!!」
「……?」
小明が振り返らず駆けながら、紅鬼のセリフが理解できなかった。
「「………息子?」」
野菊と命鬼が異口同音に紅鬼に聞く。紅鬼は実に満足そうだ。
「………あ、成る程」
野菊は今までつっかえていた疑問が一気の解消された。
そして第二子の我が子を抱き寄せた。
「よかったねえ坊や。お前は将来、あんな優しいヒトを娶るんだよ。
あのヒトと逢ったら、大切にするんだよ?」
赤子は何の事か分からず目をぱちくりされたが、紅鬼が膨らかな頬を突付くと赤子が、キャッキャと笑った。
後にこの子は最強の闘鬼神となる。
名をば、前鬼。



鬼門の中を一気の抜け、小明達は現代へ帰還した。
「光鬼さん、前鬼様!!!」
昴が非力な細腕で、落ちてくる二人を受け止めた。
「昴君!!!みんなも!!!」
小明は前鬼を抱えたまま懐かしささえ感じる皆を見た。後ろでは、先程飛び出してきた鬼門が閉じられようとしている。
「おせえじゃねえかよ、還ってくんのが!!!!!」
乱暴な言葉使いに、蒼樹かと思ったが、声の主はロキだ。
「え?ロキなの?」
見るからにロキだが口調も雰囲気もまったく違う。
例えるならば、剣の如く鋭い雰囲気を纏っている。
「ああ、こーやって面打って話すのは初めてか?」
鬼門を完全に閉め、紅い瞳の青年は座ったままの小明を見下ろした。
「俺は獅鬼(しき)。ロキの人格の一つだ」
「人格?!ロキって二重人格者だったの!!?」
小明は驚きを隠せず驚愕した。その様子に獅鬼は大笑いした。
「今まで知らなかったのか?あははは!!!!!」
腹を抱えて蹲る獅鬼を見、小明は緋翔を見た。まるで救いを求めるように。
だが緋翔はやれやれと肩を竦めた。
と、
『!!?』
その場にいたすべての者がその気配を感じた。
上空には、水分を奪われミイラ化した怨念達。
産女だ。
「産女だよ!!!」
「ちくしょお、こんな時に!!!」
蒼樹と昴は鬼神封印咒描いた包帯を引き千切った。
引き攣ったような皺が開く。それは真紅の瞳。
その瞳から光が発され、服が溶けるように変わっていく。
一人は菩薩のような服を着た青年。一人は白の衣を着た青年だ。
菩薩のような服を着ているのは蒼樹こと、封鬼。
白き衣を纏うは昴こと央鬼。
「結界陣発動!!!」
産女達をこれ以上こちらに来させないよう、封鬼が錫杖を翳し地に突き立て結界を貼る。
「央鬼、産女達の動きを止めて下さい」
蒼樹とは違う言葉使いをする封鬼は傍らにいる弟に願った。
弟である央鬼は間延びした返事を返し、結界を出た。
「おーおー、こらまたよくまあ、こんな風になるまで溜まったモンだぜ」
昴とは正反対の物言いをする央鬼は両手の人差し指と中指を+状に組んだ。
瞳を閉じ、意識を集中する。
「鬼の力持つ龍神よ!!!汝の守護の許にある我の声に答え、我が身に降臨したまえ!!!鬼龍よ舞い降りよ!!!!」
赤黒い長き身体をくねらせ、半透明の龍が央鬼を頭から呑み込んだ。
といっても喰われるワケじゃない。央鬼の鬼龍の頭に存在している。
半透明の龍の頭部に央鬼がしっかり見えた。
「おりゃああああ!!!!!」
央鬼は自らの身体に降りた鬼龍の力を使って産女達を一束ねにして拘束した。
拘束された産女の周りには産女を囲むように身をくねらせた鬼龍が。
「央鬼!!!」
「殺しゃしねえぜ!!!ロキからの命令なんでな!!!!!」
異母兄の言葉の意味を読み取り、安心させるように言った。
「つっても、あんまり長い間この術は使えねえ!!!どーするよ封鬼兄ちゃん!」
「だったら簡単じゃねえか」
今まで成り行きを静観していた獅鬼が前に出た。
「そんな未練タラタラの女どもなんざあとっとと消しちまえばいいんだよ!!」
「な!!!馬鹿かやめろ!!!!」
緋翔が獅鬼の肩に触れるか否かで術の衝撃で吹き飛ばされた。
「邪言霊!!血刃?!!ラセ……!!!」
突然頭痛が生じた。頭の奥から厳しい声音が聞こえる。
自分の声でなければロキの声でもない。
この声の主は自分の一番嫌いな者の声。いつも必要以上に言葉を交わさない相手だ。
『ロキは『産女を傷付けるな』と言ったんだぞ?それを違えるつもりか?』
「っるせえ!!!ゴク潰しは黙ってろ!!!」
獅鬼は頭を抱え、俯きながら怒鳴った。
『そうもいかん。お前は引っ込め。私が替わろう』
「ざけんなよ!!!てめえが引っ込め!!!!」
『お前が引っ込め、この小童が!!!!!』
途端に耐え切れない頭痛が獅鬼を襲った。
「………!!うあああああああああああ!!!!!!!」
天を仰ぎ見、獅鬼はばたりと倒れた。
「ロキ!!?」
小明が驚いて倒れたロキに叫ぶ。と、ロキがゆっくりだが立ち上がる。
青白い光がロキの身体を縁取った。
雰囲気が、又しても違う。ファレシナと供に小明の傍らにやって来た葛の葉が目を大きく見開いた。この雰囲気に、覚えがある。
「ロキ…じゃ、ねえ!?」
央鬼が驚いてロキを見下ろす。封鬼も傍らに目をやった。
初めての人格だから、驚いていた。しかし葛の葉は別の意味で驚いていた。
「……久々に表に出れば、このような戦場とはな。まあよいだろう」
振り返ったロキの顔は別人だった。
優しそうな幼い顔立ちの青年のものだった。
「あ、貴方は……?」
封鬼が尋ねるとロキを含む第三つ目の人格は目を細めて微笑んだ。
「廻正(まぐまさ)と言う名だ。鬼神殿」
その名を聞いて葛の葉はより一層目を見開いた。
「まずは、この産女をなんとかしなくてはな」
廻正はそう言って結界から抜け出た。膝まである金剛衣を胸元まで引き寄せ、拘束されている産女達を見上げた。
「……苦しみも、もう終わりだ。産女達」
廻正は両腕を交差させるとその中から濁った緑の光に包まれた沢山の赤子が出て来た。廻正はその濁った緑に頭の側面 を置いた。と、濁った緑が清められ、淡い緑の色になる。その中にいるのはどれも愛くるしい顔立ちをした赤子たちだ。
「さあ赤子たちよ、母の許へお行きなさい」
赤子を天高く掲げると赤子たちはそれぞれの母の許に還って行った。
母の腕には最愛の我が子達を抱え、天に召されて、晴れた曇り雲の間から天へと登っていった。どの母も、どの子も、とても幸せそうだった――――


≪続≫