75DAY 第2章
残業帰りのサラリーマンを載せたタクシーが郊外へ向かって走っていた。
どうやら残業と言っても酒の付き合いであるらしく、ほろ酔い気分で運転手と会話している。   いや、この場合 会話と言うより一方的に話し掛けていると言った方が正しいだろう。
タクシー運転手という仕事柄こういった客は少なくないのだが正直あまり相手をしたくはない。
(こうなったら出来るだけ早く降ろしてしまおう…。)
運転手は近道とばかりに人気の絶えた小道へと車を入れた。
本来この道は一方通行でこちら側からの進入は禁止なのだが、幸い今の所車がやってくる気配は無い。
(ま、いいか…。 今回だけ…。)
と、つい車を進めてしまった。
そして白い車体が道の中程を過ぎようとした時、右の建物の間から小さな人影がいきなり飛び出してきた。
「子供!?」
突然の事態に思いっきりブレーキを踏み付ける。
その反動で後部座席に座っていたサラリーマンは前部シートにぶつかり跳ね返された。

    ドンッッッ!!!!

血の気の引く様な音を響かせて車が停止した。
 「……。」
 「……。」
アイドリング音が妙に耳につく無言の空間の中、最悪の想像に顔を青くした二人は急いで車外へ飛び出した。
「大丈夫ですかっっ!?!」
眩いヘッドライトが照らす中に小柄な人影が立ち上がった。
「ったく…、何しやがる! このうつけ共がッ!!」
外見年齢とはかけ離れた口調で罵る子供に面喰らったが、光を浴びた彼の全身紅く染まった姿に更に驚く。
「ひぃッッ!!」
「うわっ〜!!」
気が動転している二人の目には前鬼の紅い髪も、朱を基調とした装飾品も血に染まっているかの様に映った。
「き…君! 早く手当てを…。」
「やかましい! この程度の傷なんざ大した事ねぇんだよ!!」
差し伸べられた手を激しく拒否し、大丈夫だと豪語する彼のケガはどう見ても大丈夫には見えない。
衝突による左腕の骨折と出血。
全身の至る所に打撲と擦傷が出来ている。
ただ、前鬼にとっては大騒ぎするほどの事ではないだけ。
実際、憑依獣との戦いにおいてはもっと重篤な負傷さえあるが
秘呪の効果で瞬く間に完治するのだからいちいち気にはしない。
直に言うなら『慣れっこ』である。
だが加害者達はそんな前鬼の事情など知る由もない。
眼前の、やけに落ち着きはらった態度を見せる少年に違和感を感じながらも、 その傷口から流れる血を目の当たりにして焦らずにはいられない。
「君!いい子だからじっとして!!」
救急病院へ連れて行く前に応急処置をしなくては。
そう考えた運転手が前鬼に近付く。
自分を捕らえようとする手から逃れるように一歩身を引いた前鬼の…
動きが止まった。
鋭利的な線を描く耳だけがピクリと動く。
「!?   小明…!?」
急に声を上げた少年に、事態のつかめない2人はきょとんとしている。
―― 前鬼 …!! ――
にわかに風が巻き起こり少年の体を包み込む様に渦巻いて瞬く間に消えた。
もちろん少年の姿も無い。
手品の様な消失に唖然とするタクシードライバーとサラリーマン。
(夢?)
顔を見合わせる2人だが、さっきまで少年が立っていた場所には血溜りが出来ている。
再び顔を見合わせた2人の顔は事故の時より蒼白になっている。
「ぎゃ〜〜〜!!!!」
悲鳴を上げて車を急発進させる。
どこをどう走ったのか定かでは無いが小さな交番を見つけ、駆け込んだ。
「お〜〜〜っっっ おまわりサン!!血だらけの子供が〜〜!!」
「消えたんです。轢かれて消えたんです!!」
「は?」
「だから!子供を轢いたら血まみれで消えたんです!!」
「ちょっと、お2人供、落ち着いて…」


翌日には”血まみれの子供の霊”の噂が街中に流れた。